2012/01/31

ブログを最近書かなかったわけ

PCを置いている部屋が本棚に囲まれているため、3月以降、あまり入らないようになったから。

ただそれだけの理由。

フェイスブックやツイッターは少しずつ何か書いてる。

で、書かなかったら書かなくて、別に物書きじゃないから誰も困らないって事に気付いた。

よく考えれば、確かに。
・・・・・・・・・

2月の中旬に、新宿でグループ展をする。

去年申し込んだもので、他の参加者については全く知らない。

いつものグループ展とは少し様子が異なる。

自分に割り当てられたスペースも極々小さい。

そして、面白いことに、絵のテーマも画材も全く違う。

でも、そういうことを理由に拒否しないで、やってみようという方向に行ったのは、去年予定していた個展を開けなかったという事が機動力になっている。

マイナスがプラスの方向へ。

ともすれば、マイナスへマイナスへと向ってしまう気持ち。

期間限定の仕事をしている私は、2月3日からまた別の仕事をする。

本業が儲からない絵描きなので、副業ではなんとか生活を保つために働かねば、絵の具代も出ない。

描く紙が無くて、目の前にあったダンボールと発泡スチロールに描いてみたら、結構面白かった。

ちょっとはまってしまい、たくさん描いた。けど、作品とは言いがたく・・・。

マイナスな気持ちに追い討ちをかけて、お気に入りの老舗のお店が相次いで閉店。

そして、毎日の寒さ!・・・これが一番いやかも。

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2011/11/13

ウサギ年は

ウサギはオトナシイ気がするけれど、実際は大胆不敵な、フテブテシイ奴らしい。

突然怒り出したり、フテ寝したり、パンチしたり。

そして、ウサギ年には歴史の上での色々事件事故災害が起こったらしい。

11月の中旬になったというのに、なんとも、そんな気分がしない。

あと1ヶ月と少しでお正月?

3月から、私の時計はなんとなく進み方が変だし、今も、少しずつズレている。

今年も個展をする予定が、出来なかったし。

とりあえず、1月のグループ展のエントリーは出したけど、できるのかどうか・・・。

帰省するのかどうか・・・も、まだ不明。

3月の地震の後、実家に居候し、2週間経って帰ってきて、いろいろ大変だったのを思い出した。

水を探してあちこち歩き回る毎日で。

野菜がない!水がない!トイレットペーパーがない!

家族全員で手分けして買い物していた。

いつの時代?って感じだった。

そんなことしている間に、止めていたバイトもそろそろ再開せねば・・・ということで、9月から働き始めて2ヶ月。

うーん、いろいろ予想外がありすぎて訳の分らない。

で、ウサギ年は子どもの年。

11月の子どもの誕生日が来ると、転がるように年末が来て、お正月が来て、寒い寒い冬到来!

イギリスにちょっと浸ったことが、何かの転機になるかなと思う。

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2011/10/02

6日間ってあっという間

あっという間にUKの旅行は終わり、日本に帰ってきた。

子どもが言ってて、そうだなと思ったことは、

本当に、その国は存在しているのかと疑問だったけど、実際に自分と同じように暮らしてた。

これは、私の場合は中国に行った時にも思ったし、子どもはオーストラリアに行った時に思ったという。

自分が住んでいる街以外は、存在していないような気がするときがある。

そのエリア以外は、架空のものじゃないかという。

テレビでもネットでも、あらゆるメディアで、『ここ』以外の場所の存在を映し出すけれど、本当のところはウソじゃないのか・・・なんて思ってた。

たぶん、そういういうふうに架空の場所をあたかも実在のように見せることは出来るんだろうけど。

UKでは、子どもがツイッターでお友達になった人たちと出会った。

一緒に博物館を歩いて、お茶を飲んだり食事したり。

とても楽しい時間を過ごした。

全くの個人旅行だから、ちゃんと飛行機を降りた後、ホテルまで行けるのかなと思ってたけど、字が読めればその通りに行けばよくて、何の苦労もなく行けた。・・・本当に、あまりにもスムーズに行けてびっくり。

街の中も、地図無しで大丈夫だった。ちゃんと道案内が出てるし。

快適に過ごした・・・旅行というより、その地に馴染むというのが一番の目的・・・子どもの研究の専門は文化史で、文化の探索、文化の中に入るというのが目的だったから・・・本当に快適に街の中で過ごした。

結局、ロンドン橋も国会議事堂も何にも見なかった。ホテルの敷地に隣接したケンジントン宮殿は窓から見えた。

アフタヌーンティは奥様ばかりで行かずじまい。お菓子は食べず。

私のたっての希望で、トワイニングの本店に行った。ちょっと遠いから諦めてたけど。

そこはとても充実してて、子どもの頃からずっと慣れ親しんだトワイニングの紅茶が並んでいた。

一番古いお店らしい。

空気は乾燥してて、子どものアレルギー鼻炎が快適になったのは良かった。

もっと日にちに余裕を持って行けば良かったね・・・と話した。毎日通っても、まだじっくりとは見ていないから。

近くに住んでて、必要な時やインスピレーションが欲しい時に、フラーっと立ち寄れるんだったらいいのに。

・・・日本に帰ってきたら、私はすぐ翌日から仕事に出かけた。子どもは研究生の合格通知が来ていたので、10月から何かと忙しい。

という、近況報告。

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2011/09/14

なんとなく見つかる

一生懸命に探して見つかったのではなく、いつものように、必然的に集まってきた、というふうに見つかった。

無い無い!と騒いでいたバッグは、母親が買って送ってくれた。私が使った後に使うつもりで買ったらしいけど、なんだか、いい感じのバッグなので、私のものにしそうな気が・・・。

そして、バイトも、なんとなくすんなりと見つかった。

月に10日だけ働くバイト。

探していた時間は僅か。見つかればいいなあって思ってたらすぐ見つかった!

飯田橋だから、ちょっと遠いけど、月に10日ならいいかな。

その他に、『無い!』と騒いでいたのは、個展の場所だけ・・・。

いつものように、のんびり構えて、どこからか来るのを待つかな。

『無い』ものが『無い』という身分になりたいものです。

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2011/09/06

普通って何

だいたい、何か一つの事に興味を持つと、いくつか複数の事柄が後から後から引っ張られて、こっちにやって来る。というのが常。

それを偶然ともいうし、必然とも思えるし。

まあ、どちらにしても、そういうことが多いからあたりまえにもなっているが。

先週、ドラマ『拝啓、父上様』を最初から最後まで見る機会があった。

そして、映画『英国王のスピーチ』・・・これはロードショーで見たんだけど借りてきて見た。

それから、子どもが図書館から借りてきて見た、映画『アルジャーノンに花束を』・・・これはずっと前に本を読んでいた。

で、
『拝啓・・・』の中の女将さんが環境の変化などのために痴呆の症状が出るという事、『英国王・・・』のジョージ5世が次第に弱って痴呆の症状が表れる事、『アルジャーノン・・・』のシャルルが幼い頃の病気の後遺症でIQ60だったこと。
左利きを右手に子どもの頃に矯正される事。
他にもまだ幾つか、3つの映画または2つの映画に共通することがあった。

そして、気付くことがあった。

もともとしっかりとした、人望も厚く信頼されている人物に痴呆が表れて、今までとは別の人格になってしまった時の、周りの人の反応。

IQが低いために職業の選択も狭められ、人付き合いも生活も狭められて生きていた人間が、IQが高くなり知識を得ることで得られる、それまでとは別の生活や選択範囲。

その人間の、そっくりそのままを引き受けて受け入れることが難しいということ。

痴呆が出てきても、その人には違いない。IQが低くても、その人の個性である。

だから、そのまま受け入れる、べき。

・・・でも、私はそんな正論を言ってみても、実際には出来ないのは分っている。

話が通じない、同じ環境に無い人と、対等に分かり合えることが出来るのかと言われたら、出来ない。

その、出来ないことが悔しい。

普通であるということは何だろう、と、今一度考えてみようと思った。

今回のセレンディピティの成果は、こういうこと。

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2011/09/04

9月に入って・・・

まだ、バイト見つからず。

3月の地震の時、『災害時の避難システムが確立されていないのが不安』という、まったく個人的な理由でバイト(3月末日までの契約だったけれど、震災のドタバタで個人的な理由ではなく契約期間終了という事になった)を辞めて、次が全く未定のまま。

で、9月。なぜかロンドンに旅する。

子どもの資料探しの旅に同行。全くの貧乏旅行。

27年くらい前に、中国に行った時。本当にバッグパック旅行で、何の予約も予定もしない旅だったから、それだけは避けたいと思い、とりあえずホテルと飛行機だけは予約した。

そして、全く中国語が話せないにも関わらず1ヶ月近くウロウロした経験を踏まえて、英語がちょっと喋れる子どもと、なんとなく英語が分るような気がする私。

どうにかなるという子どもの言葉に、私もそうだよねと思っていた。

けれど、ウチの親は、『本当に大丈夫なの?』と今さら心配してきた。

今回は資料集めなので、観光やお土産はしないということで、個人旅行。

でも、東京でも夜間は外に出ない上に、出た場合は夫に迎えに来てもらう生活。知らない、行った事がない場所に行く時は、一緒に出かけたり・・・。

そういう生活をしている人間が、行けるの?ってことで。

子どもに、おばあちゃんが心配してたと伝えると、どうにかなる!という返事だった。

そして、バイトも見つかっていないけれど、バッグが見つかってない!

バッグ・・・。私は普段使いのバッグ(よそいきも)が無くてしょうがないから、自分で縫った。

とても気に入ってるんだけど、家族からは不評。みっともないと。

で、探し中。

そして、今年も個展を開催!と思ってたのに、未だに場所は決まらず。・・・今年は無理かなと少し気弱に。

・・・まあ、そんなこんなの、9月に入ってからの近況。

バイト見つかればいいなあ・・・。個展会場も見つかればいいなあ・・・。

明日、イチジクのジャムが届く予定。実家からの宅急便。楽しみ。

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2011/08/28

隅田川花火大会

去年の花火大会は、夫の弟夫婦が場所を用意してくれたので、川沿いの運動公園にシートを敷いて仰ぎ見た。

降ってきそうに大きな花火、打ちあがる花火の音、建物に反射した音、火薬の匂い、川の匂い、溢れる人の流れ、歓声・・・。

リアルタイムに感じて楽しかった。

だけど、場所に行くまでの時間が掛かる道のり。何センチずつか歩いては止まって。

弟たちは、ピザの箱を持ち、ビールなど飲み物が入ったクーラーを持ち、フライドチキンを持ち・・・。

私はただ人波を歩くだけでヘトヘトだった。

・・・なんて、愚痴を言ったからかどうか、今年はお誘いがなく、例年通りのテレビ中継を家で見た。

屋台風の焼そばを晩ご飯に作って、行った気になって。

そういえば、去年、一番大変だったのは帰りだった。何時間も掛かって帰った。

色で言えば、テレビでどのくらいの色が伝えられるのだろう。

まったくリアルにそのまま伝えることができるんだろうか。

その場で見ないと見えない微妙な色彩があるとしたら、やっぱり暑い暑いと言いながら行列に参加するしかないのかな。

音にしても、あのうち上がる時の音は、テレビで全部拾い上げることが出来るのかなと思った。

・・・夫が久しぶりのビールを飲みながら見ていたけれど、それはアサヒビールじゃなくてキリンだった。

そこはアサヒじゃないと!

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2011/08/22

繋がりの手段はいろいろ

子どもからは、『お母さんみたいなクラスメイトが居たら最悪!』と言われている。

うーん。それは当ってるんだろうな。

自分が他人からどう見られているのか、余り考えないから分らない。

外に出て、初めて人の評価が分って『そうだったのか』と、やっと分る。

3月中旬までバイトしていた所では、たびたびセンパイのバイトの方に呼び出されて・・・『ちょっとお話があるからきてください!』・・・口の利き方が悪い!態度が悪すぎる!仕事が出来ない!ちゃんとやれ!など言われて、『私は代表で言ってるだけで、みんな気分を害してるから、気をつけてもらわないと困ります!』と怒られていた。

気が小さい私は、『はい!』っと返事をして、一生懸命に仕事をしていた。

けれど、一生懸命にしてるつもりでも、『全然ダメ!』『馬鹿にしてるんじゃないか!』など叱られて、もっともっと努力が必要だ!と、奮起して・・・。

・・・ということで、いろんなバイトをするたびに、こんなに自分ってダメなんだなあと考え込んでた。

こんな私とお友達になってくれる人は、いるんだろうかと思った。

今、ツイッターとフェイスブックとこのブログをしていて、直接会う繋がりとは別の繋がりというのを持っている。

距離も時間も越えて、血の繋がりや昔から知ってるというのも越えて、クロスして。

フェイスブックでは、なかなか会えない従兄弟と連絡が取れたし、母校での先輩たちとも繋がりが出来た。

フェイスブックで知り合った人たちのお友達を通じて、またまた繋がりが出来たり、ずいぶんと気になっていた人たちとも繋がることが出来た。

ツイッターでは、地震の速報がテレビのテロップで出るよりも早く体感のツイートが届く。

『私も、今ちょうどやってます!』や『見に行こうと思ってました!』『知ってます!』『食べました』など、顔も知らない人たちからメッセージが届いて、とてもうれしい。

ネット上の繋がり・・・仮想空間の繋がり・・・サイトの繋がり・・・ネットで知り合った・・・出会い系サイト・・・なんだかそういう、恐ろしげな言葉を使って、危ないことだとか変な付き合いだとか思わせようとする気もする。

だったら、実際の世界での繋がりや付き合いが絶対かと言えば、そうでもないような。

繋がりは、眼に見えて、膚で感じて、直接グイグイと繋がりを刻み付けるものばかりでなくても。

なにかあれば駆けつけてくれる人、絶対に信じ続けてくれる人、守り続けてくれる人・・・それは現実の世界では絶対に必要。

・・・・・・・・・昨日、フェイスブックでお友達になった方と直接会って、お茶をした。

小心者の私は、会いたいって言われても、どうしても、『私なんかと会っても面白くないかも。申し訳ないな』という気持ちが抜けきれないでいた。

それくらい、外の世界に出ると、叩かれることが多かった。

自分の子どもさえ『絶対に友達にはなりたくない!』というくらいだから。

・・・これは物凄くシビアな意見で、当ってるんだと思う。

『てがみをください』という絵本がある。カエルがお友達を欲しがってるお話。

カエルも欲しいんだから、やっぱり、人間はお友達が必要なんだと思う。

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2011/08/17

盆踊り風景 2

地域の盆踊りの映像が届いた。

先日、恵比寿でウィーンのフィルムフェスティバルがあり、ウィンナワルツの映像もあったけど、そのリズムにどうも似ているような気がする。

誰も、私の実家の地域の地踊りとウィンナワルツが同じリズムだと言っている人がいないので、音楽に明るくない私が言っても、聞き間違いか、またはリズム感がないということで終わってしまうだけではあるが・・・。

ウィンナワルツは、ただの3拍子ではなく、なんだかとても複雑で独特なリズム感がある。

タン、タン、ン、ターン。タン、タン、ン、ターン。という、ちょっと外した感じで調子を取っている。

そして、地踊りも、とても似ている?

いつ頃から唄ってるものだか、どこの影響を受けたものか、色々知りたいことがある。

それにしても、伝授されて歌い継がれているらしき感じで、良いなあと思う。

楽譜があるようでもないし、最初に音を確認してから唄いだしているふうでもない。

・・・・・・・・・・・・・・・映像で見る限りは、見に来ている人もちらほらいて、毎年の風景。

賑わってるでもなし、かといって、見る人がいないでもなし。

なんだか、私の生まれ育った町は、そんなふうに、ぬるま湯のような穏かさがある。

キッパリとかサッパリとか極端とか先端とか、そんな言葉が似合わない。

曖昧でモヤモヤしててボーっとしてて混沌としてる。

悪い意味ではなく、とても良い意味で。

流されずに流れずに、トローンとした佇まいは、なかなか出来るもんじゃない。

だから祭りも、激しさが命の勇壮な祭りとまではいかない。

・・・昔は今よりは勇壮だったらしい。ちょっとは荒々しかったのかな。

私が知ってる限りでは、波が穏かな瀬戸内海と温暖な気候そのものの、温和な風景が、一番似合ってる。

・・・・・・・・・・・・・・・ということで、ウィンナワルツと地踊りが同じリズムという説は、証明できないし、勘違い率が高いので、取り下げる。

9月の風鎮祭の相撲大会は無くなったということなので、10月の秋祭りが町の大きな行事。

その時は花火大会もあるんだっけ?

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2011/08/09

田舎の風景

盆踊りの櫓が出来て、その周りを提灯がたくさん付けられて、盆踊りの準備万端になっていると思われる、田舎の祭り会場。

市民の憩いの場所、公園が、夏になると夜店会場や盆踊り会場になる。

赤々と会場が照らされて、いつもは子供かお年寄りしか見かけない公園に活気が出る。

ラムネを飲むのは、毎年この時くらい。ビー玉をスコーンと落として、溢れるラムネを素早く口に近づけて飲まないといけない。

盆踊りの太鼓の音と、唄い手の声。掛け声。

今年は夏に帰らないから、田舎の風景は見ないまま。

青い稲が風にそよぎ、ちょっと海に潜れば何か捕れ、虫ならいくらでもそこらじゅうの樹に付いていて、大きな空と海と山がある・・・田舎ではない。

ただの住宅地。

メチャクチャ広い道路が、ドーンと市を貫いていて、大きな商店街がない代わりに小さな商店街も年々無くなり、ドドーンと郊外型のスーパーやフランチャイズ店が立ち並んだ町。

車が無いと、どこにも行けない町。

帰るつもりだったけれど、なかなか帰れない状態で、子どものバイトも入っていたりして。9月の旅行もあるし。

・・・お墓参りは心の中で。・・・これはお彼岸も同じく、心の中で。

子どもの頃、海に行ってたけど、こんなに暑かったかなあ。

子どもを連れて行った頃も、こんなに暑かったかな。

体力あったなあと、歳とって思う。今では、とてもとても。

ということで、エアコンの効いた部屋で、帰省せず過ごす、今年のお盆。

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