子どもからは、『お母さんみたいなクラスメイトが居たら最悪!』と言われている。
うーん。それは当ってるんだろうな。
自分が他人からどう見られているのか、余り考えないから分らない。
外に出て、初めて人の評価が分って『そうだったのか』と、やっと分る。
3月中旬までバイトしていた所では、たびたびセンパイのバイトの方に呼び出されて・・・『ちょっとお話があるからきてください!』・・・口の利き方が悪い!態度が悪すぎる!仕事が出来ない!ちゃんとやれ!など言われて、『私は代表で言ってるだけで、みんな気分を害してるから、気をつけてもらわないと困ります!』と怒られていた。
気が小さい私は、『はい!』っと返事をして、一生懸命に仕事をしていた。
けれど、一生懸命にしてるつもりでも、『全然ダメ!』『馬鹿にしてるんじゃないか!』など叱られて、もっともっと努力が必要だ!と、奮起して・・・。
・・・ということで、いろんなバイトをするたびに、こんなに自分ってダメなんだなあと考え込んでた。
こんな私とお友達になってくれる人は、いるんだろうかと思った。
今、ツイッターとフェイスブックとこのブログをしていて、直接会う繋がりとは別の繋がりというのを持っている。
距離も時間も越えて、血の繋がりや昔から知ってるというのも越えて、クロスして。
フェイスブックでは、なかなか会えない従兄弟と連絡が取れたし、母校での先輩たちとも繋がりが出来た。
フェイスブックで知り合った人たちのお友達を通じて、またまた繋がりが出来たり、ずいぶんと気になっていた人たちとも繋がることが出来た。
ツイッターでは、地震の速報がテレビのテロップで出るよりも早く体感のツイートが届く。
『私も、今ちょうどやってます!』や『見に行こうと思ってました!』『知ってます!』『食べました』など、顔も知らない人たちからメッセージが届いて、とてもうれしい。
ネット上の繋がり・・・仮想空間の繋がり・・・サイトの繋がり・・・ネットで知り合った・・・出会い系サイト・・・なんだかそういう、恐ろしげな言葉を使って、危ないことだとか変な付き合いだとか思わせようとする気もする。
だったら、実際の世界での繋がりや付き合いが絶対かと言えば、そうでもないような。
繋がりは、眼に見えて、膚で感じて、直接グイグイと繋がりを刻み付けるものばかりでなくても。
なにかあれば駆けつけてくれる人、絶対に信じ続けてくれる人、守り続けてくれる人・・・それは現実の世界では絶対に必要。
・・・・・・・・・昨日、フェイスブックでお友達になった方と直接会って、お茶をした。
小心者の私は、会いたいって言われても、どうしても、『私なんかと会っても面白くないかも。申し訳ないな』という気持ちが抜けきれないでいた。
それくらい、外の世界に出ると、叩かれることが多かった。
自分の子どもさえ『絶対に友達にはなりたくない!』というくらいだから。
・・・これは物凄くシビアな意見で、当ってるんだと思う。
『てがみをください』という絵本がある。カエルがお友達を欲しがってるお話。
カエルも欲しいんだから、やっぱり、人間はお友達が必要なんだと思う。