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2011年7月

2011/07/28

作家との巡り合わせ

長崎市の、夫の実家近くに、八百屋横丁という昔の呼び名の道がある。

長崎市を訪れる度に、この横丁に昔住んでいたサタイネコを知っているかという話になる。

その話は何度も繰り返し聞いたものではあるが、全く嫌な気持ちにならないのは、夫の父親が私に対して何を話したらいいのか困っていて、本好きという僅かな情報の中から一生懸命に話しかけてくれているのが分かるから。

私も口ベタで、こんな時に上手く話を盛り上げて愉しくする事が出来たらいいけど、愛想が無くて申し訳ない雰囲気になってしまう。

サタイネコは、佐多稲子さんだと知り、書かれた数冊を読んでみた。

もっと早く知って読んでいたらと後悔するほど、自分にピタリと馴染んだ。

先日、探し物で、中目黒のカウブックスに行った。

そして佐多稲子さんの「女茶わん」を見つけた。

探し物は見つからず、別のモノを掘り出した。

長崎出身の夫に贈ったけれど、実は自分のために手に入れたのかなあとも思う。

本との巡り合わせ、作家との巡り合わせは、偶然。

既に以前にタネは撒かれていたのだろうけれど、意識せずに生活していて、不意に、巡り会う。

ずいぶん前から知っていたような懐かしさが込み上げて来る。

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2011/07/27

やっぱりねぇ

普段、勘が悪くて空気読めないヒトなのに、たまーに急にイヤに勘が冴える時がある。

ああ、やっぱりねぇと、後になって納得する。

今日、歯医者さんから帰り道。途中で、出会った人の会話が、妙にスーっと耳に入ってきた。

あまりに自然に。

それは、今日の送別会何時だっけ?っていうものだった。

少し向こうにいる人達なのに、隣で話しているかのように聞こえた。

で、聞きながら、あっそうかと思った。

なんだか納得できた。

帰ってきて晩ご飯を作って、そろそろ夫が帰って来るかなあと思ってたら、電話が掛かって来た。

言うの忘れてたけど、今日は送別会で帰りが遅くなるって。

もう、さっき聞いた!って思った。

たまたまとか、偶然とかでは無く、スーっと話し声がクリアに聞こえて、その前後は何も聞こえ無かった。

どういうことか分からないけど、とにかく、電話の前に、既に分かってた。

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2011/07/21

謎だったこと

大人になりきれない人間でも、時間が経てば歳は取る。

歳を取れば、それなりになるかと言えば、やはり中身が詰まらないとアンバランスである。

外側のタルミやシワやウスヨゴレは年々増加する反面、内側は相変わらずの幼児性が抜け切らないために、差はドンドン拡がる。

…私はいつも小学校に上がる前辺りに、少しのコダワリがあった。

近所に住んでいた女の子について、何かにつけて思い出し、未だ解決していないような居心地の悪さがあった。

夏休みに一緒に遊んだり、子ども会で会ったりした。

保育園が一緒だった。音楽教室でも一緒だったと思う。

シッカリ者で、大人からの信頼も厚く、小さい子どもの扱いも上手で優しかった。

私はいつも全てお任せしてた。私がボーッとしてたら先生に知らせてくれるし、取り損なったハサミや糊や出席シールを渡してくれたりした。

時が経ち、小中学校が別々になった後、再び高校が同じになったにも関わらず、ほとんど会話も交わさないまま卒業して、今に至っている。

あんなに一緒に遊んだのに忘れちゃったのかなと、そういう一方的な記憶だったんだと、ついさっきまで思ってた。

私だけが親密に思ってたのかなと。だから、高校で再会しても誰かわからなかったのかもと。

つい最近、facebookで彼女の弟さんを見つけた。偶然!

そして今日、ああ、そうか!と納得できた。

この間接的な再会は、妹が仕組んでくれたんだと。

なんでもかんでも、いつもコジツケると思われようも。

確実にそうだと、ハタ!っと気付いた。

もうご縁が無いんだなあと思ってた幼馴染。忘れられてて当然だと思ってたのに。

覚えてたと聞いただけで、もう十分。

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2011/07/08

8ミリの中の記憶

カタカタカタと音を立てて、白い壁に映る、子ども時代の私たち姉妹。

小さい頃の自分たちが、8ミリの中だけで生き続けている。

無声のフィルム。

走ったり自転車に乗ったり、旅行のもあったような・・・。

何年も見ていない。フィルムはまだあるんだと思うけど。

映画『super 8』を観ながら思い出した。

映画の中でも、死んでしまった母親と、赤ちゃんの頃の主人公の映像が流れるシーンがあった。

居ない人と、過ぎていった時間。

元に戻らないから、私たちはただ、前に進むだけ。

嫌な事も、つらい事も、我慢できない事も、悲しい事も、淋しい事もあるけど、それでも前に前に進むしか方法が無い。

それを乗り越えても、また次の山が見えてくる。

人も時間も変化し、その中で進んでいく。

立ち止まって記憶を掻き集めて、戻って座り込んで、また立ち上がって。

私には、そんな映画だったという感想がある。

それは、私自身の信念にも近かった。

忘れようとするんじゃなく、忘れていくことにも自然に任せようとし、でも記憶の中でモガク自由も持ち続ける。

常に、前へ進め!

そして、倒れる時は、前のめり。

それは、過去を大切にしているからこそ。

過去を大切にしないと、今現在の時間も大切に出来ないんじゃないかというのが、持論。

記憶をテーマに描いてきた。

記憶の網の中で出口を探し、その網を外から眺める客観的な自分も存在し、中で絡まる自分の主観も存在しているという不可思議。

その、見えない不可視を、具象でもなく写実でもなく描こうとして、なかなか未だ手法は確立していない。

色でも形でもなく、『何か』。

『何か』・・・なんて、言ってるだけなら、いつまで経っても、自称画家なのかな。

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