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2011年8月

2011/08/28

隅田川花火大会

去年の花火大会は、夫の弟夫婦が場所を用意してくれたので、川沿いの運動公園にシートを敷いて仰ぎ見た。

降ってきそうに大きな花火、打ちあがる花火の音、建物に反射した音、火薬の匂い、川の匂い、溢れる人の流れ、歓声・・・。

リアルタイムに感じて楽しかった。

だけど、場所に行くまでの時間が掛かる道のり。何センチずつか歩いては止まって。

弟たちは、ピザの箱を持ち、ビールなど飲み物が入ったクーラーを持ち、フライドチキンを持ち・・・。

私はただ人波を歩くだけでヘトヘトだった。

・・・なんて、愚痴を言ったからかどうか、今年はお誘いがなく、例年通りのテレビ中継を家で見た。

屋台風の焼そばを晩ご飯に作って、行った気になって。

そういえば、去年、一番大変だったのは帰りだった。何時間も掛かって帰った。

色で言えば、テレビでどのくらいの色が伝えられるのだろう。

まったくリアルにそのまま伝えることができるんだろうか。

その場で見ないと見えない微妙な色彩があるとしたら、やっぱり暑い暑いと言いながら行列に参加するしかないのかな。

音にしても、あのうち上がる時の音は、テレビで全部拾い上げることが出来るのかなと思った。

・・・夫が久しぶりのビールを飲みながら見ていたけれど、それはアサヒビールじゃなくてキリンだった。

そこはアサヒじゃないと!

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2011/08/22

繋がりの手段はいろいろ

子どもからは、『お母さんみたいなクラスメイトが居たら最悪!』と言われている。

うーん。それは当ってるんだろうな。

自分が他人からどう見られているのか、余り考えないから分らない。

外に出て、初めて人の評価が分って『そうだったのか』と、やっと分る。

3月中旬までバイトしていた所では、たびたびセンパイのバイトの方に呼び出されて・・・『ちょっとお話があるからきてください!』・・・口の利き方が悪い!態度が悪すぎる!仕事が出来ない!ちゃんとやれ!など言われて、『私は代表で言ってるだけで、みんな気分を害してるから、気をつけてもらわないと困ります!』と怒られていた。

気が小さい私は、『はい!』っと返事をして、一生懸命に仕事をしていた。

けれど、一生懸命にしてるつもりでも、『全然ダメ!』『馬鹿にしてるんじゃないか!』など叱られて、もっともっと努力が必要だ!と、奮起して・・・。

・・・ということで、いろんなバイトをするたびに、こんなに自分ってダメなんだなあと考え込んでた。

こんな私とお友達になってくれる人は、いるんだろうかと思った。

今、ツイッターとフェイスブックとこのブログをしていて、直接会う繋がりとは別の繋がりというのを持っている。

距離も時間も越えて、血の繋がりや昔から知ってるというのも越えて、クロスして。

フェイスブックでは、なかなか会えない従兄弟と連絡が取れたし、母校での先輩たちとも繋がりが出来た。

フェイスブックで知り合った人たちのお友達を通じて、またまた繋がりが出来たり、ずいぶんと気になっていた人たちとも繋がることが出来た。

ツイッターでは、地震の速報がテレビのテロップで出るよりも早く体感のツイートが届く。

『私も、今ちょうどやってます!』や『見に行こうと思ってました!』『知ってます!』『食べました』など、顔も知らない人たちからメッセージが届いて、とてもうれしい。

ネット上の繋がり・・・仮想空間の繋がり・・・サイトの繋がり・・・ネットで知り合った・・・出会い系サイト・・・なんだかそういう、恐ろしげな言葉を使って、危ないことだとか変な付き合いだとか思わせようとする気もする。

だったら、実際の世界での繋がりや付き合いが絶対かと言えば、そうでもないような。

繋がりは、眼に見えて、膚で感じて、直接グイグイと繋がりを刻み付けるものばかりでなくても。

なにかあれば駆けつけてくれる人、絶対に信じ続けてくれる人、守り続けてくれる人・・・それは現実の世界では絶対に必要。

・・・・・・・・・昨日、フェイスブックでお友達になった方と直接会って、お茶をした。

小心者の私は、会いたいって言われても、どうしても、『私なんかと会っても面白くないかも。申し訳ないな』という気持ちが抜けきれないでいた。

それくらい、外の世界に出ると、叩かれることが多かった。

自分の子どもさえ『絶対に友達にはなりたくない!』というくらいだから。

・・・これは物凄くシビアな意見で、当ってるんだと思う。

『てがみをください』という絵本がある。カエルがお友達を欲しがってるお話。

カエルも欲しいんだから、やっぱり、人間はお友達が必要なんだと思う。

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2011/08/17

盆踊り風景 2

地域の盆踊りの映像が届いた。

先日、恵比寿でウィーンのフィルムフェスティバルがあり、ウィンナワルツの映像もあったけど、そのリズムにどうも似ているような気がする。

誰も、私の実家の地域の地踊りとウィンナワルツが同じリズムだと言っている人がいないので、音楽に明るくない私が言っても、聞き間違いか、またはリズム感がないということで終わってしまうだけではあるが・・・。

ウィンナワルツは、ただの3拍子ではなく、なんだかとても複雑で独特なリズム感がある。

タン、タン、ン、ターン。タン、タン、ン、ターン。という、ちょっと外した感じで調子を取っている。

そして、地踊りも、とても似ている?

いつ頃から唄ってるものだか、どこの影響を受けたものか、色々知りたいことがある。

それにしても、伝授されて歌い継がれているらしき感じで、良いなあと思う。

楽譜があるようでもないし、最初に音を確認してから唄いだしているふうでもない。

・・・・・・・・・・・・・・・映像で見る限りは、見に来ている人もちらほらいて、毎年の風景。

賑わってるでもなし、かといって、見る人がいないでもなし。

なんだか、私の生まれ育った町は、そんなふうに、ぬるま湯のような穏かさがある。

キッパリとかサッパリとか極端とか先端とか、そんな言葉が似合わない。

曖昧でモヤモヤしててボーっとしてて混沌としてる。

悪い意味ではなく、とても良い意味で。

流されずに流れずに、トローンとした佇まいは、なかなか出来るもんじゃない。

だから祭りも、激しさが命の勇壮な祭りとまではいかない。

・・・昔は今よりは勇壮だったらしい。ちょっとは荒々しかったのかな。

私が知ってる限りでは、波が穏かな瀬戸内海と温暖な気候そのものの、温和な風景が、一番似合ってる。

・・・・・・・・・・・・・・・ということで、ウィンナワルツと地踊りが同じリズムという説は、証明できないし、勘違い率が高いので、取り下げる。

9月の風鎮祭の相撲大会は無くなったということなので、10月の秋祭りが町の大きな行事。

その時は花火大会もあるんだっけ?

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2011/08/09

田舎の風景

盆踊りの櫓が出来て、その周りを提灯がたくさん付けられて、盆踊りの準備万端になっていると思われる、田舎の祭り会場。

市民の憩いの場所、公園が、夏になると夜店会場や盆踊り会場になる。

赤々と会場が照らされて、いつもは子供かお年寄りしか見かけない公園に活気が出る。

ラムネを飲むのは、毎年この時くらい。ビー玉をスコーンと落として、溢れるラムネを素早く口に近づけて飲まないといけない。

盆踊りの太鼓の音と、唄い手の声。掛け声。

今年は夏に帰らないから、田舎の風景は見ないまま。

青い稲が風にそよぎ、ちょっと海に潜れば何か捕れ、虫ならいくらでもそこらじゅうの樹に付いていて、大きな空と海と山がある・・・田舎ではない。

ただの住宅地。

メチャクチャ広い道路が、ドーンと市を貫いていて、大きな商店街がない代わりに小さな商店街も年々無くなり、ドドーンと郊外型のスーパーやフランチャイズ店が立ち並んだ町。

車が無いと、どこにも行けない町。

帰るつもりだったけれど、なかなか帰れない状態で、子どものバイトも入っていたりして。9月の旅行もあるし。

・・・お墓参りは心の中で。・・・これはお彼岸も同じく、心の中で。

子どもの頃、海に行ってたけど、こんなに暑かったかなあ。

子どもを連れて行った頃も、こんなに暑かったかな。

体力あったなあと、歳とって思う。今では、とてもとても。

ということで、エアコンの効いた部屋で、帰省せず過ごす、今年のお盆。

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2011/08/03

世界は広いようで狭い

twitterで、たびたび会話をしている方がいらっしゃって、どうも、私の食生活と似ているらしい。

生姜を食べてます。ナッツ好きです。黒砂糖も食べてます。シリアルも好きです。なんて、色々好きなことをtwitterに書いてたら、お返事を頂いた。

私もです。と。

全く知らなかった人。

なんだか親近感が湧くようで、向こうの方も同じようで。

こういうのは面白いなあと思う。

ネットを使わず生活していて出会う人はある程度定まってくる。

今までのお友達、ご近所の方、親戚、仕事先やその他の知り合い、その他もろもろの縁で知り合った方。

でも、ネットだと、なにか共通点が見つかって、思わず知り合いになれることもある。

怖いこともあるから、そこは気をつけなければならないけれど。

それにしても、今まで全く知らずに生活していて、あら、こんなところにって感じで知り合えるなんて。

facebookも同様で、実際に仕事関係などに関係なく知り合うことが出来て、好きなときにメッセージや近況を見れて、お友達も増えてくる。

そして、同じものについて共感を持ったりする。

面白い。

そして、世界は広い広いと思ってたけど、実際はどうなんだろうなあ。

同じ家庭に生まれて同じような育てられ方をしても、全く違った性格や好みになるし、違う町で生まれて全く違う年齢でも、知り合えて共感できる時がある。

コミュニケーションをとるためにも、また語学を再開しないと。

話したいことも話せない、書きたいことも伝えられないなんてサミシイ。

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2011/08/01

あら。消えてどこかに。

書いて、さあupと思ったら、手が滑って違うキーを押して、どこかにいってしまった、今日のブログ。

ちゃんと書いたのにねえ。

消えるという事は、そういうことだったということで。

まったく、自分の意図に沿わず、何もかも、偶然にそうなることが多い。

・・・・・・・・・一昨日の地震。(昨日明け方の地震)

グラッと来る前に、なぜだかフッと目が覚めた。

目が覚めて、トイレに行くわけでもなく、なんだかモゾモゾとソワソワとしてて、それから数分後にグラグラグラと揺れた。

結構長かった。

大きく揺れる前から揺れていて、それで目が覚めたのか、それとも予感がしたのか。

まあ、そんな感じで、自分が意図して、さあやろう!と思ってできることなど僅かだなあと思うことが多い。

たいていは、なんだかそういうことになった、結局こうなった、意図せずそうなった。

・・・で、今年の私の個展。まだ場所が見つからない。

見つけようとはしている。けれど、去年開いたギャラリーが閉じてしまって、別の場所の巡り会いを待っている毎日。

待ってるだけではダメだと、少し動いてはみるけれど、動けばいいということでもない。

ヒョイと、現われることもある。

予期していなかった場所で、予期しないグループ展に混ざる機会を得たり。

ダメモトで頼んだら、OKだったり。

ということで、『待ち』状態。

私がするのは、ただ描けばいいだけ。

どこか、個展をさせて戴ける場所はないですか?

今まで、2年おき又は1年おきに開いています。

いいおはなし、おまちしています。

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